● 第二十五回波濤賞(2026年)二名
● 第二十五回波濤賞受賞者 原 やす<伊那>
作品「守らせたまへ」詠・20首
- ● 息子には栄養学がかなはぬと施設へゆだぬる計画される
- ● 入所する朝のみ空は日本晴れわたしの前途守らせ給へ
- ● 積雪と建物の白照り合へり山裾に立つホーム「みさやま」
- ● 健やかになりて逢はむと掌を握る外は寒かろ冬の雨降る
- ● 窓枠に暮れゆく夕空今日こそは一番星を見付けてみたい
- ● 寝て読むはまこと疲るる右で持ち左の支へいづれ限界
- ● 航跡をひかぬ一機が窓枠の小世界ゆく点の大きさ
- ● 目を凝らし窓より空を見るほかに何あろうや春は来たれど
- ● ホームには自力に動けぬ人多し語りかくるをためらいてゐる
- ● 施設いま三時のお八つ仲間らは歌会のさなかとわれは思ふも
- ● 供さるる「パタ」とふ魚名もしらず黙し頂く白身淡白
- ● クロマグロの解体ショーの催さる頭を切らるる時に退散
- ● 解体の鮪を昼にもてなさる丼としてふんだんなりき
- ● 市内より三日かかりて届きたり待ちこがれたる友の通信
- ● 日々歩む長き廊下の本棚に『金子みすゞ』の詩集を見出す
- ● くつきりと一等星の明るさにきらめく星を窓に仰げり
- ● さめざめと男が泣けば胸痛しミラノの五輪にドラマのありぬ
- ● 梳りくるるま白き乙女の乙女の掌然様の清しさわれにありしや
- ● 隣家のアンテナに来て山鳩が帰宅のわれを迎へてくるる
- ● 懸命に配慮しくるる子らありて独りにあらず守られてゐる
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● 第二十五回波濤賞受賞者 采女勝子<高槻>
作品「ツィゴイネルワイゼン」詠・20首
- ● 八十年(やそとせ)を使ひ慣らセル心臓が誤作動誤作動したり小雪舞ふ日に
- ● リカバリー室に運ばれし夜は眠られず聞こえくるなりツィゴイネルワイゼン
- ● ジプシーの旋律聴きつつわが心さ迷ひゐたり真夜の原野(はらの)を
- ● 心電図モニター胸に廊下ゆく寝ても覚めても見守られつつ
- ● 「血圧の測定ですよ」とやつてくる看護婦さんのソプラノの声
- ● 届きたる一月号の波濤誌を「ちょっと見せて」と看護婦さんは
- ● 臥(ふ)して見る窓はキャンバス青と白の空のせめぎを描きてをりぬ
- ● 悠然と千里ヶ丘を飛ぶ鳥目印ならむ太陽の塔
- ● みんなみに聳ゆる生駒の山並みは短歌(うた)の調べのごとくなだらか
- ● 昼食はカレーライスだ黄の海の肉と野菜に元気をもらふ
- ● 赤と黒のパジャマが廊下を行き来してスタンダールを読みし日偲ぶ
- ● ベッドに座しテレビに見入る初場所の推しの力士はかの安青錦
- ● 娘の持ちて来たりし着替へその中に焼芋ひとつ忍ばせてあり
- ● ほんわかと山を温めてゐるごとくからだ半分沈めて夕陽
- ● 夕さりて輝く龍の昇るごとき高速道を月と眺むる
- ● 病室に見下ろす景の輝きは昼も金なり金なり夜も金なり
- ● 綿雲の流るる空を入院の母と眺めし遠き思ひ出
- ● 阿武山と言へば藤原鎌足が今も眠れり大織冠(たいしよくくわん)と
- ● 鎌足の墳墓のあたりを見上げつつ安見児(やすみこ)の和歌(うた)反芻したり
- ● 阿武山の裾に立ちゐる病棟に「波濤」読みつつ一週過ごす
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● 第二十五回波濤賞・佳作二名(2026年)● 第二十五回波濤賞佳作受賞者 若松昭子<船橋>
作品「弟よ」詠・19首
- ● 弟との永遠の訣れにわれの持ちゆくは母の形見の甲州印伝
- ● 思い出すことが供養と菩提寺の和尚の言葉心に沁みぬ
- ● 枝分かれしたる辺りに弟と登りて遊びき江戸よりの松
- ● 酒盛りをしたると聞きて登る松さぞや楽しきひとときなりけむ
- ● ご先祖の息吹きが残りゐるやうな気がして遊ぶ松の中ほど
- ● 松の木にこっそり登り遊びしは祖母の出掛けのその隙のこと
- ● 能舞台のやうなる松のみ残りゐる故里の庭にひとり佇む
- ● 古き家の歴史守ると暮しゐたる弟なりき羽ばたけ今は
- ● 口数の少なき弟 長男の悩みを多く抱へゐたらむ
- ● 在りし日の姿鮮やかに浮かびくる語りかけても返事は無けれ
- ● 新宿で共に暮らしし日も通し思ふやうには行かなかりしか
- ● 蛍狩の思い出鮮やか恐れつつ暗き野原に連なりてゆく
- ● 蛍追ひ川に落ちたることもありしか不思議なるものに誘はれ
- ● ふんはりと川に飛び込む記憶ありどういふ訳か怪我もなかりき
- ● 蛍狩りの記憶は匂ひを呼び起こす譬へようなき青臭き香よ
- ● 遥かなり楽しき日々の浮かび来てわが裡にある遠き故郷
- ● 故郷の山火事のニュース人家への被害は無しと知りて安堵す
- ● あの山もこちらの山にも抜け道が未だ忘れねど行くこともなき
- ● 仲良しの家にゆくには山一つ越えて行きたり四十分かけ
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● 第二十五回波濤賞佳作受賞者 白石則子<石巻>
作品「手術」詠・19首
- ● 医師の指す脊柱画像白じろとわれの遺骨のやうに見え来る
- ● 三度目の自己血を採り終ふるころ何のサインかお腹がすき来
- ● 無事癒えて帰り来る日を願ひつつベッドの寝具を冬物に替ふ
- ● 八十余年生きて贖ふ罪のごと脚付きコルセットの型とられをり
- ● 麻酔より覚めたるわれの顔を覗き涙ぐみつつ娘の笑顔
- ● 開けぬ夜があるのだろうか観察室にペットボトルの水を抱きしむ
- ● 臨死体験ぼそりと言ひし在りし日の夫を思ひぬ術後の闇に
- ● 皺深くなりたる術後の身の乾きシャワーにたつぷり湯を浴びせをり
- ● 歩き始めしみよちやんのやうな足取りに今日よりわれの歩行訓練
- ● 車椅子のタイヤに入るる空気音リハビリ室の静かな活気
- ● 緊急コール院内に響く夫の逝きし春のあの日が甦り来る
- ● 結はへゐし髪もろ共に看護婦の心も解きて帰りゆくらし
- ● リストバンドぷつんと切られ紛れなく入院完了の音の弾けぬ
- ● 大根の太りたる畑の土を踏む退院の荷を置きてその足に
- ● 本棚に背文字のずれて並ぶ見え確かに帰りたる実感となる
- ● 白きもの白く濯ぎて足る心 病の癒えてゆく身の軽く
- ● 予後の身の影と並びて歩む時ふいに尾つぽが生ゆる気のする
- ● 指痛くなるまで毛糸あみてをり予後の心を遊ばせながら
- ● ボルト止めの脊柱痛む雪の日は老いたるけものとなりて臥しをり
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