第一回民子賞受賞(2000年)・垣見 尊
- ＜作品「未来を走る」詠・30首＞
- ● 朝顔や向日葵に死を告げながら山をゆつくり下りてくる秋
- ● 森深く入れば煙草を燻らせてゐるのはニーチェのやうな老人
- ● 三百年経ってもリンゴはニュートンが見し時と同じ地面に落ちる
- ● 学校で学びしむかしの物語正しき者が勝ちて終はりぬ
- ● いつの世も勝ちたる者が正義にて家康はいまも神様でゐる
- ● 信長も秀吉も今の世にあらば殺人犯にて逮捕されゐむ
- ● 善悪のはつきりとせぬ社会ゆゑ桃太郎は絵本から出られない
- ● 脱藩の龍馬が駆けし伊予の道選挙カーが行く平和訴へ
- ● 五十メートル先の車はわれよりも五十メートル未来を走る
- ● アスファルトの歩道に秋の雨が降る江戸の頃には聞けぬ音して
- ● 夜半の雨次第に激し 叩かれてたたかれてきつと大地もできた
- ● 土の中に水道管は埋められて地下水と違ふ水音がする
- ● 晴曇にかかはりのなき地下街のテレビが映す天気予報を
- ● 始祖鳥が羽ばたきし空を爆音を立ててスペースシャトルが飛びゆく
- ● ゆつくりと地球が動く感じせり海に落ちゆく夕日をみれば
- ● 人はみな宇宙飛行士地球に乗りめぐりゆく空はるかなる銀河
- ● ぢいちやんの星ばあちあんの星もある彼岸の空に星がひしめく
- ● インフレーション膨張を起こす宇宙にゐてまたまた値下げの電話料金
- ● 人間の人間による人間のための地球になりたりいまは
- ● 北風がふいてもなぜか嬉しさうに畑でほころぶらりるれレタス
- ● そよ風に吹かれて波立つプールの水みづといへども淡き影持つ
- ● 手と足と頭を甲羅に引つ込めただけで隠れたつもりか亀は
- ● 自分の身を削つてまでも仕事する消しゴムがいとしくなる時もある
- ● 関はりをもたねば猟奇殺人の記事も平気で読めるのが怖い
- ● 三角は三角形にしか見えず常識がいつも邪魔してゐる
- ● 自分さへよければなどとふと思ふ人間砂漠の遊牧民は
- ● 正しきことを正しいこととあくまでも言ひ切りて孤独になりたる同僚
- ● 電話ではとうに親しくなりてゐてあひしことなし仕事相手と
- ● 仕事終へ席を立つとき事務員は機嫌の悪き主婦の顔せり
- ● 畦道にただひとつ咲くたんぽぽのためになかなか暮れぬ夕焼け