第五回民子賞(2004年)・西郷賢谷
＜作品「一輪車」詠・30首＞
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- ● 今切(いまぎれ)の渡しを渡りて古里を捨てたる父か 昭和の初め
- ● 傾いた古家の子だとからかわれ父を詰つた日を思い出す
- ● 久しぶりに親父の墓に詣で来て肩のあたりが軽くなりたり
- ● アメンボウはどうしたんだろう冬の雨が作る波紋に疑念を抱く
- ● 木枯らしをいっぱいのせて鈍色の雲がビル街をすっぽり覆う
- ● 「帰るから荷物纏めてよ」と無理ばかり言うなり長病む母を見舞えば
- ● 同じこと繰り返し聞きてくるゆえに同じ答をそっけなく言う
- ● 着替え持ちて寄りし病院 くの字形になりて寝ており起こさず帰る
- ● いまごろは寝ているだろうか今ごろは泣いてるだろうか 酒呑みながら
- ● ぼんやりとロック焼酎呑んでいる俺を見つめるラフのレプリカ
- ● 憧れはかくも幼しうす紫のアケビの花咲く棚見上げいる
- ● 昼食は買い溜めてあるカップ麺独りの部屋にテレビを見つつ
- ● 少しずつ親から離れていくのだろう子らの帰りが今日また遅い
- ● 偶(たま)にしか帰ってこない部屋のなか時間を止めてしまった時計
- ● 悪かったと言えばすんなり元の鞘くだらぬ意地が交叉している
- ● 一匹の青い毛虫がゆっくりとキャベツの広葉を横断している
- ● 酒の力を借りて眠りしその朝寝癖の付いた髪撫でている
- ● 予定の無いのっぺらぼうの日曜日へのへのもへじを手帳に記す
- ● 今日もまた錘の置き場が定まらず朝から行ったり来たりの思考
- ● 朝一番の一両列車に飛び乗って旅に出かける＜意味＞を探しに
- ● 誰ひとり居ない海岸の砂浜に明日の不安を埋めて帰る
- ● 術もなく車に轢かれし新聞紙一瞬宙に舞い上がりたり
- ● 鳥追いの爆発音にも動じない稲田の雀からから鴉
- ● 鉄橋を四つ潜って夕焼けに向かって歩く職場背にして
- ● 川べりを歩いて帰る回り道光も影も昨日と違う
- ● 猫背でも卑屈になんかならないよ石蹴りながら嘯いてみる
- ● 朝霞のかすかに光る叢のどこかに未来が隠れていそう
- ● 曇り空晴れたら殻をぶち破れそんな気持ちで見上げる辛夷
- ● 空蝉が守り通した庭の木に今年の蝉が又鳴き始む
- ● 一輪車に乗ってるような危うさで五十半ばの坂道をゆく
第五回大西民子賞・奨励賞(2004年)・塚越孝広
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塚越孝広・昭和44年誕生。自営業。平成11年「波濤」に入会。栃木県足利市在住。
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作品「さくらよさくら」詠・２0首
- ● きのう今日誰もが口に花を言うさくらよさくら堤のさくら
- ● 紫のかすみが包む山並みを眺めて高鳴る詩(うた)への鼓動
- ● 古雑誌ドラムの代わりに叩きいる自分の心を掴めぬ夜は
- ● 夜明け前浅い眠りを打ち払う青い小鳥を今日は見つけん
- ● 親離れできずに一人部屋にいる孤独の波にゆさゆさ揺れて
- ● 川岸に一人たたずみ餌をまくつがいの鳥よ三羽になれよ
- ● ダイバーを目指した友が店を出す用具に海の香をさせて
- ● プライドがあるから素直になりきれず隠し続ける自分の弱さ
- ● 水仙は今が盛りと言う母と並びて素直に自分を見てる
- ● わが母に似合いの春風吹く日には辛夷の白よわんさと咲けよ
- ● 仕事への一歩を踏めぬぼくに吹く四月の風はひんやり寒い
- ● 穏やかな時の流れに浸りつつ大空に描くぼくの未来図
- ● いつの日もぼくの幸せ願う母優しい笑顔に応えてやらん
- ● 沈丁花いずこに咲いているのだろうか甘い記憶がよみがえる夜
- ● 幸せに暮らしてゆけと医師は言う謎ときのような重たい言葉
- ● 手品師になれば良いと思う夜悔い事ひとつ消してしまおう
- ● 冬の朝十字架ひとつ墓となる友は自ら命を断ちて
- ● 今はまだ病と真向かう日が続く本当の僕に会える日はいつ
- ● また一人病抱えた友が逝く君は心の永久欠番
- ● 傷ついた少女の白き腕のごと病の跡はいつの日消える
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