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● 第十六回 大西民子賞(2015年)・北谷尚也
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北谷尚也・昭和36年誕生。神奈川県横浜市在住。地方公務員。昭和59年「形成」入会。平成6年「波濤短歌会」創設と同時に入会。
- 作品「風に磨かれ」詠・30首
- ● 上京も最後かなと父のつぶやけばコースに加ふスカイツリーも
- ● 両岸を桜がふちどる隅田川水上バスにさかのぼりゆく
- ● 軽鴨の泳ぐ川面を見下ろして江戸の世しのふ鷹匠橋に
- ● 水田の無きこの街に見つけたり小判草・茅(ちがや)イネ科の草を
- ● デスクマットに挟みてをりをり楽しめり来月登りたき山の地形図
- ● 等高線密なる箇所の急登を想へば次第に息荒くなる
- ● 窓を背に座る十四階の席今朝も確かむ彼方の天を
- ● 電子辞書ふいに暗みて再びは点らず電池を交換しても
- ● 敬老の日を経て幾日か鈍痛を訴へて始まる父の晩年
- ● いつとなく痛みを口にせずなりしことも推しはかるほかなし今は
- ● 擦れたる声にて日々を送りゐる父はこのごろ電話に出でず
- ● 金曜の夜行に乗りて父母に会ひたり日曜の夜行に帰る
- ● 食堂に病院食をとる父と向かひあはせて駅弁たべる
- ● 色薄きカレーの味を尋ねしが薄しと確と答へくれたり
- ● 退院したい帰りたいと言ひゐし妹の逝きて三十九年そのこゑがする
- ● 一歳(ひとつ)上の千明伯父と父の悪童ふたり 終戦前の村懐かしむ
- ● ガソリンスタンド建設に奔走せし日々を語る口調がかすか勢ふ
- ● 「食ひ力(ぢから)失ふなかれ」父の母が遺せる言葉を繰り返す母
- ● 一日に呑むべき薬を小分けにし母は袋に未来を記す
- ● 伏して痛みをこらへゐる父背をさする母を残して病室を出づ
- ● 年末年始に人気(ひとけ)なかりし高層ビル仕事初めが寒くてならぬ
- ● 生まじめな一面持てる父らしく逝きたり三月三十日に
- ● 電話器の近くに父は瞑りゐむ鈴(りん)を打つ音受話器にひびく
- ● 人事異動の内示を受けしことさへも良しと肯ふ父の訃報に
- ● 少年の父が駆けたる坂道を時空を超えていま駆けのぼる
- ● 元旦のならひに撮りし家族写真ときおかず父の遺影となりぬ
- ● 声のかすれに父がネットを検索せし「嗄声(させい)」の履歴も形見に残る
- ● なだらかな丘いちめんの茅(ちがや)の穂きらめきやまず風に磨かれ
- ● 雲の間に頂だけが見えてゐる富士は立夏も雪を残して
- ● コンパスの針がとどまり指す磁北ひそかな決意のごとく揺るがず
