●第三回民子賞受賞者　若菜邦彦
昭和22年誕生・大阪府高槻市在住。地方公務員。NHK歌壇にて大西民子を知り、平成６年「波濤」創刊と同時に入会。

作品「山巓の豹」詠・30首

• ● 銀いろの翼は壁にのめり込みビルを切り裂く閃光となる
• ● 目を奪ふ景色なりけりひもすがら琵琶を弾けるわれは蝉丸
• ● 死ぬることつゆも恐れぬテロリストひととは違ふ遺伝子を持つ
• ● エルサレムが海に沈みしそののちも争ひ絶えずや　さらば呪文を
• ● 「SHOW THE FLAG」ふいにいはれて掲げたり恥ぢらふごとき日の丸の旗
• ● アフリカの大地に裸足にて立たむひとの歴史をやり直すべく
• ● つぶらなる瞳に映えてかがやけり雪のふりつむキリマンジャロが
• ● うなだれて赤道直下のサバンナのいづこに向かふ老いたる豹は
• ● 二足歩行の原人(ホモ・エレクトゥス)が振り返る自分のものとも見えぬ足跡
• ● 薄れゆく記憶のやうな春霞　旧約聖書の舞台にひろがる
• ● 禁断の木の実の床にころがりてきみを女と意識しはじむ
• ● 先例のなきことながらためらひもなく弟を殺めしカイン
• ● 銀漢にうかぶ方舟　真空の闇に嵐の気配はきざす
• ● バベルの塔　神の御声もばらばらにやまとことばで詠む短歌(みじかうた)
• ● 信仰を試されてゐる父の背(せな)情けを拒む背はさびしい
• ● 核心にいよいよ迫るソドムより爛れし町の花売り娘は
• ● くれなゐの海が裂くればその道をゆくべし花を撒きつつ
• ● 皆ひとは羊飼ひの子ダビデなり神を讃ふるうたは知らねど
• ● いのちを惜しむ年齢(とし)にはとほくバビロンの川のほとりにひとりさしぐむ
• ● 夜桜のささやきに耳を塞ぎゐるきみは聖母となるべき女
• ● 二千年救ひの御子を待つ人にあと二千年を待てといふのか
• ● ひもじくて石さへ齧る子どもらの「神は至大なり(アッラーフ・アクバル)」空爆のそら
• ● アフガンの冬の荒野よ少年の目にはうつくしき瞋恚(しんい)の炎(ほむら)
• ● 騾馬より引き下ろさるる兵の肩にまぼろしならず風花ちれり
• ● 黒きブルカの女がゆけば雪景色素顔に戻る京ぞ恋しき
• ● 復活の日を待ちながら鳥辺野に死者がうたへる嬬恋の歌
• ● 見えぬ手にすべての墓はあばかれむ　割らるるために在る生卵
• ● 潰えたる貿易センタービルの影さしゐし辺りはや草萌えぬ
• ● 死の商人片目をつぶるたまゆらに刃(やいば)の上を這ふかたつむり
• ● 人類の偉大なる旅(グレート・ジャーニー)山巓の豹のみが知るその結末は
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